文化・芸術

2017年4月 2日 (日)

切り絵アート展

昨日は、浦添市美術館に「切り絵アート展」を見に行ってきました。

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この日を選んだのは、切り絵作家の蒼山日菜さんを招いてのイベントがあることから。

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ちなみに、蒼山日菜さんとはこの方。

海外在住時に知り合った方から切り絵を教えてもらい興味を持って始めたのだそうです。そして今や、ニューズウィークの「世界が尊敬する100人の日本人」の一人に選ばれたのだそうです。

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これは、日菜さんの代表作、「ヴォルテール」です。ヴォルテールは、1700年代のフランスの哲学者で、彼が残した名言なんだそうです。非常に細かい文字が刻まれています。これを一行半切るのに5時間くらいかかるんだそうです。

日菜さんは、ご自身のオフィシャルサイトで、ヴォルテールについて以下のように綴られています。

【ヴォルテールの書をなぜ切るのか?
作品に魅了されているわけではありません。
彼の人生に惹かれている、尊敬をしております。
現代人に足りない何かが昔の人にはあるんです。そしてボードレール
にもそれが言えます。彼の詩にはあまり興味がありません。
彼の送ってきた人生に興味を持ちました。

現代人に足りない、「自分の意思を貫く」という精神をこの人たちは
兼ね備えています。】

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そして、私が気に入ったのが「クリスマスシーン」。

蝶の中に、クリスマスプレゼントや、トナカイとソリ、雪、クリスマスツリーなど、いろいろなものが表現されています。これほどのものを作り上げる精神力って一体どれほどのものでしょうか。

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私が個人的に気に入ったのはこれ。辰巳雅章さん作「キツネの嫁入り」。この作品にはおまけがあって、右端の下(枠の外)に

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2匹のキツネが描かれているのです。

この転んでいるキツネがとてもかわいくて大好きになりました。ちなみに、残念ながら、この作品の絵葉書にはこの2匹は登場しません。

順路の最後に、別の展示室が用意されていました。ここは酒井敦美さんの作品を集めた展示室です。酒井さんの作品は、順光で見るときと逆光で見るときで絵が変わるのです。

私のお気に入りはこれ。

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タイトル:変わらないもの。

順光では、縁側にお母さんと娘が腰かけていてその向こうには二件の家と山が見えます。これが逆光になると。

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山はなくなって都市化され、景色はすっかり変わってしまいました。向かいの家も改築されたようです。そして、お母さんは年をとり、小さな女の子は立派な大人になっています。でも、相手を見つめる優しいまなざしは変わらない。街並みも年齢も変化するけれど、親子愛は不変、ということなのでしょうか。自分でそう解釈したとき、涙が出そうになりました。

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後ろの方は、突然割り込んできた見ず知らずの人(ウソです)。ご本人から許可を頂いていないので、加工させていただきました。

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これは日菜さんからいただいたサインです。

前日送別会だったために、この日は出かけるのも億劫で、「誰か別の人と行ってくれば」なんて言っていたのですが、実際に実物を見ると、奥行きやら困難さやらが伝わってくるので、行って本当によかったと思います。


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2016年6月13日 (月)

芸術月間

今月は「芸術月間」と勝手に名付けました。

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まず5日は、プラハチェロカルテットのコンサート。有名なオーケストラに参加している方々ではありませんが、若く才能あふれる4人組がクラシックからポピュラーまで幅広い音楽を奏でます。前回のチェコフィルハーモニーストリングカルテットのコンサートでは拍手を先走る人がいて、かすかな音の余韻が残っているのに拍手をしてしまい、実はまだ曲が終わっていないなんてこともありましたが、今回はそんなこともなく余韻が消えるまで皆さんちゃんと聞いていました。

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 そして12日は立川志の輔師匠の落語会。志の輔師匠の落語はこの5年ほど、毎年見に行っています。

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この日の演目は一席目が「猫の皿」。猫のエサ皿として使われているお皿がとんでもないお宝であることを発見した古美術商が、猫の飼い主であるお茶屋に「猫が気に入ったから猫を譲ってほしい」とだまして皿まで手に入れようとする噺。お茶屋の亭主が一枚上手だったというオチ。

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二席目は「柳田格之進」という噺。万屋源兵衛と碁を打つのが楽しみな武士の柳田格之進。格之進が碁を打ち終わって万屋の離れを立ち去ったあと、離れにあったはずの五十両がなくなり、万屋の番頭に疑いをかけられる。娘を吉原に売り五十両を用立てた格之進は、「疑いが晴れた日にはその首をもらうぞ」と約束する。忘れた頃に五十両が見つかったことから番頭と万屋の首が落とされることに・・・という人情噺。1時間を超える長い噺ではありますが、時間を感じさせることなくどんどんと物語に引き込まれていきました。

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志の輔師匠が沖縄で落語を演じるようになって今年で27年目になること、多い年は年3~4回公演をしていたこと、今回が105回目の公演になること、などをマクラでお話しされていました。聞き終わって感じることは、前座のお弟子さんである志の麿さんは多少聞き取れない部分がありましたが、志の輔師匠の声はささやくような声でもすべて聞き取れたこと。声の大小ではなく、声の出し方やマイクの使い方など様々な要因があるのでしょうね。ところで私、談志師匠はそれほどのファンでもないのです。志の輔師匠が好き。それだけです。
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そして18日はフジコヘミングさんのソロピアノコンサート2016。80歳を超えるヘミングさんの沖縄でのコンサートは、もしかしたら最後になるかも知れない。そんな思いからヘミングさんのファンであるとぅじさんのために私がプレゼントしたのです。S席1枚12000円。二人は行けません・・・(涙)。また、今年の「うたの日コンサート」では小野リサさんが来るとのこと。行くかどうかは決めていませんが・・・。

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2016年3月20日 (日)

ブッキシュ落語会

昨日3月19日は、西原町にあるブッキッシュで北山亭メンソーレさんの落語会が開かれました。

この日の演目は一席めが「金明竹」(錦明竹と表記することもあるそうです)、二席めが「新聞記事」という2つの古典落語。

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一席めの演目は別の演目を考えていたそうですが、12歳の若い女性がお客さんとして来ていたために、マクラの途中で演目を代えたそうです。このマクラでは、今帰仁村の東側と西側ではアクセントが違うという話をされていました。例えば、「消しゴム」。これは普通のアクセントでは平坦なアクセントにしかならないのですが、西側諸国の方は「け(↗)し」と「け」が強く上がるのだそうです。これは小中学校の頃は近いエリアの子供たちしかいないために気づかないそうですが、広いエリアの生徒が集まる高校になると、お前のアクセントはおかしい、ということになるそうです。私が名護市で勤務していた頃、いわゆる「名護なまり」というのを聞いたことがありますが、それに近いアクセントという気がしました。

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二席めのマクラでは、寿限無のことを話されていました。今のオチは、名前が長すぎてたんこぶが引っ込んでしまったというのが普通ですが、本来は、寿限無~が溺れてしまったので友人が助けを求めに行くが、名前が長すぎて溺れたことを伝えるのに時間がかかり、結果的に溺れ死んでしまうというものなのだそうです。それは、子供が長生きできるようにとあれやこれやと言葉をくっつけて長い名前をつけてしまったがために、いざというときにそれが仇となって命を落とす結果になってしまった。物事はほどほどに、という皮肉・教訓のようなものが込められているのだそうです。また、古典落語では「死」というものが軽い感じで語られることが多く、それは、今ほど寿命が長くなかった頃はもっと死というものが身近なものであったためではないか、とも話されていました。

前回の落語会のときの「矢立」もそうですが、落語から学ぶことはとても多いですね。

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2016年1月16日 (土)

ブッキッシュ落語会

今日1月16日は、西原町にあるブッキッシュで、北山亭メンソーレさんの落語会が開かれました。メンソーレさんのパトロンをつとめる私たちは、ちゃんとメンソーレさんが働いているのか、抜き打ちで検査に出かけるのです(この一文、全部ウソです)。

メンソーレさんは、立川志の輔師匠の元・お弟子さん。ゆえあって廃業し、沖縄に戻ってきたものの、落語が忘れられず、師匠の承諾をもらってメンソーレの名前を使用しています。さすがに立川は名乗れないので、北山亭と名乗っている次第だそうです。

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この日の演目は、「道具屋」という古典落語。

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杢兵衛に道具屋の仕事を任された甥っ子の与太郎とお客とのやりとりをコミカルに描いた噺です。与太郎という人物はどの噺に出てきてもたいてい頭が悪い。お客とのとんちんかんなやりとりが繰り広げられ、笑いを誘います。この噺には、お客が何人か登場し、どのお客の部分を割愛しても噺として成立するために、時間調整として重宝がられることもあるのだそうです。また、オチも何通りかあるのだとか。

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この噺のマクラで、メンソーレさんが骨董市で見つけたという矢立という道具を見せてくれました。実は、代脈という噺の中に、この矢立ということばが使われるシーンがあり、どんなものなのだろうかと興味を持っていたそうです。

矢立(やたて)とは、筆と墨壷を組み合わせた携帯用筆記用具。真鍮製・銅製・陶製などがある。 一見喫煙パイプのような形をしている。墨壺がついているため、出先で即座に筆が使える。頑丈で握り具合も良く、携行していても怪しまれないため、筆筒に針や刃を仕込んだ物は護身用の隠し武器としても重宝された(wikipediaより)。

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これは、この穴に筆先を手前にしてしまうのだそうです。手前の丸い部分に墨を染みこませておけば、筆先をちょんちょんとやると墨が付く仕組みになっているそうです。

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そして、筒の左脇に仕切がされている部分には、刃物などを入れておけば護身用としても使えるのだそうです。

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最近、筆字を習い始めたとぅじさんは、この道具に興味津々。一席が終わったあと、メンソーレさんから直接お話を伺います。

この日の高座の中でメンソーレさんは、先週1月9日に亡くなった桂春団治さんのことにも触れていました。春団治さんは、笑福亭松鶴、桂米朝、桂文枝と並び上方落語の四天王と呼ばれた方。とにかく、羽織の脱ぎ方がとてもかっこいいことでも有名だったそうです。一度だけ高座を見る機会があっただけで面識はなかったけれでも、とてもあこがれていたのだそうです。

ちなみに、この春団治さんは三代め、初代の春団治さんは♪芸のためなら女房も泣かす~の「浪速恋しぐれ」の歌詞に出てくるほどの破天荒な人だったそうです。

メンソーレさんはこの日の高座の中でこの春団治さんのことに触れられたことを安堵しているようでした。やはり、同じ噺家として、心に去来するものがあったのでしょうね。

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そして、私が持参した琉球新報社の生活マガジン、「うない」のメンソーレさんが特集されているページにサインを入れていただきました。実はこれ、昨年の掃除中に出てきたもの。もしかしたら知人や関係者に配るために必要であれば、ご本人に差し上げる方がよいのではと思って持参したものですが、たくさんお持ちだということで、ならばサインを入れていただいて持ち帰ろうということになった次第です。

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次回のブッキッシュでの落語会は、3月19日(土曜)、19時からだそうです。

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2015年11月30日 (月)

マブイ落としに行ってきました

昨日11月29日は、那覇市のライブハウス、「バンターハウス」で『魂(マブイ )落とし 其の三』の第1回公演が行われました。

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出演者は、大道芸人のたまんちゅ。さんと、私たちがパトロンを務める(?)北山亭 メンソーレさん。ともに今帰仁村出身の同級生です。

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この公演は、二人がそれぞれの芸を披露するほか、二人のトークや、ビデオ上映な ど、なんでもござれのめくるめくステージです。

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まずは、たまんちゅさんの、大道芸。太鼓にボールを落としながらのジ ャグリングは必見です。湿度などによってボールの跳ね返り方が違うので、とても難しいそうです。また、水晶球を使った芸は華麗でした。

メンソーレさんの落語は、「たいこ腹」と いう噺。元々は上方の古典落語だそうです。 お金持ちでもうやりたいことすべてやりつくした感のある伊勢屋の若息子。ほかに やりたいことはことはないかと考え、鍼を思いついて本などで勉強をはじめます。 芸者達を練習台にするちょっと色っぽいシーンでは、「子供がいるんだよっ!途中 でネタを変えるとかできないのかい!」と自分で突っ込みを入れて 笑いを誘います。私たちの目の前に座っている小学校低学年と思われる女の子二人 、笑っているけど、意味分かって笑っていないよね?

最近のメンソーレさんは枕おもしろさに拍車がかかっていて、そういう意味では持 ち時間が短くてちょっと 残念ではありましたが、新しいメンソーレさんの魅力を発見できた催しだったと思います。

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2015年11月22日 (日)

「護佐丸伝説」を観てきました

昨日は、中城村で行われたプロジェクションマッピング・光と音で蘇る「護佐丸伝説」を中城城跡に観に行ってきました。

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私が師と仰ぐ(?)護佐丸公が居城していた中城城。ここが今回の会場なのですが、実は私、中城城跡を訪ねるのは多分初めて。なので、早めに行ってお城見学から始めます。

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正門から入ると石積みが美しくとても立派です。

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門も本当に美しいです。

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そして、私には絶対に見逃すことができない井戸。

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急な石段を下りていくと、

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今も清水が湧き出ているウフガー。もう600年近くも水が湧き出ているなんて、とてもすごいことだと思います。

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一の郭から二の郭につながる門の下で自分の影が伸びるのを見つけ、格好つけて撮ってみました。

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さてステージに行ってみます。三の郭の城壁がスクリーン代わりになるようです。

ステージは、よしもと芸人による寄席・落語、ひとりでできるもんさんのダンス、ji ma maのライブなどが続き、日もとっぷりと暮れた19:30頃からいよいよ、護佐丸伝説の始まりです。

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北山を撃ち当時の国王、尚巴志の信頼も大きかった護佐丸。しかし、阿麻和利の謀略の前に自ら命を絶ったと言われます。そんな護佐丸の波乱に満ちた人生が、レーザー光線を使った壮大なスケールで描かれます。

この日のイベントは無料、城跡の入場料も半額ということで、とてもお得なイベントでした。

話は飛びますが、今後、この中城城跡では、きゃりーぱみゅぱみゅさんのコンサートや市川海老蔵さんが出演する歌舞伎などの予定があるそうです。

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2015年10月10日 (土)

組踊 銘苅子鑑賞

 10月8日は、国立劇場おきなわに組踊を見に行きました。

これは、組踊研修生の第3回発表会としてのもの。私たちは知人からチケットをいただき、人生初の鑑賞となった次第です。

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本日の演目は、第一部が琉舞の「作田(つぃくてん)」と「前の浜(めーぬはま)」、第二部が組踊の「銘苅子(めかるしー)」です。

「銘苅子」は、組踊創始者、玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)の作で、1756年に演じられた記録があるそうです。

以下、あらすじを記しておきます。

畑仕事の帰り道、農夫の銘苅子は、泉の周辺全体が明るくとてもよい匂いがすることに気づきます。そこで、隠れて様子を見ていると、美しい天女が現れました。天女が髪を洗い出したすきに、銘苅子は羽衣を取ってしまいます。天女は羽衣を取られ、天に帰ることもできないので、仕方なく銘苅子の妻となることを受け入れました。

月日が経って、2人は女の子と男の子に恵まれました。ある日、天女[母]は子どもが歌う子守歌から、羽衣が米蔵の中に隠されていることを知ります。そして天女は、羽衣が見つかったからには天界へ戻らなければならないと決心します。子ども達を寝かしつけ、天女は羽衣を身にまとい、天に昇ります。子ども達は目が覚めて母がいなくなったことを知り、泣き叫びます。

明くる日から、姉弟は毎日母を捜し歩きます。銘苅子は「母はこの世の人ではないから諦めるように」と言います。

そこへ首里(しゅり)王府[琉球王国の都の首里にあった中心的な役所]の使者がやって来ました。使者は「銘苅子の妻である天女が2人の子ども達を残して天に昇ってしまったという噂(うわさ)が首里城まで届いた。それを聞いた王は、姉は城内で養育し、弟は成長したら取り立て、銘苅子には士族の位[王を支える武士の階級]を与えることにした」といいます。それを聞いた銘苅子親子は喜び、家路につきます。(「文化デジタルライブラリー」から)

なお、天女が水浴びをした場所として言い伝えられているのが、宜野湾市にある「森の川」。

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森の川は、沖縄県指定文化財(名勝)に指定されています。

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終演後は、出演者の皆さんがお見送りに出てきてくださいました。

帰り道、とぅじさんと作品を振り返って感想などを言い合ったのですが、共通の意見としては、銘苅子役を演じた知花令磨さんがよかった、ということです。

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知花さんを含め、今回の研修生の皆さんが今後どんな成長を見せてくれるのか、素人ながら楽しみにしています。

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2015年10月 5日 (月)

日露交歓コンサート2015

 10月4日は、日露交歓コンサート2015に出かけました。チケットがあるからと、とぅじさんに誘われて出かけてはみたものの、趣旨もよくわからないまま。しかも無料だといいます。無料のコンサートって、内容は?客層は?と不安だらけでした。

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 一部では、バラライカとドムラでロシア民謡のメドレーがありました。その中で、私が大好きな「赤いサラファン」が演奏されたのです。ロシア民謡が大好きだった母がよく聞いていたロシア民謡のレコードにこの「赤いサラファン」が入っていて、この曲を気に入った私は母に度々リクエストして子守歌代わりに聴いていたのです。幼少期を懐かしく思い出し、涙が出そうでした。

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 二部に入ると、ソプラノ歌手のナターリャ・スクリャービナさんが登場。この人がすごいとの評判で楽しみにしていて、本当に期待以上のパフォーマンスを見せてくれました。特に、「ラ・スパーニャ」が気に入りました。

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 そしていよいよアンコール。かりゆしウェアに着替えたピアノのドミトリー・テテリンさんが、うちなーぐちと日本語を交えてあいさつをしてくれます。一曲めは「島人の宝」。会場から「イヤーサッサ」のかけ声が飛び、バイオリンも指笛っぽい音を出します。次の曲は「さとうきび畑」。そして、最後の曲ではソプラノ歌手のナターリャさんもかりゆしウェアで登場し、世界的な名曲である「花」が演奏されました。会場中の大合唱となり、コンサートは感動のうちに終了しました。他県のコンサートには参加していたチェロのキリル・ロディンさんが沖縄公演に不参加だったことは残念でしたが、また来年に期待したいと思います。また、心配していた客層も、演奏中に若干ひそひそ話をしている人はいたものの、おおむね良好だったと思います。        
 

 アメリカとロシアがシリア情勢をめぐってぎくしゃくし、日本とロシアだって北方領土問題など良好な関係とまではいいにくい状況ではありますが、音楽を巡ってこんな素敵な交流ができるのですね。音楽って本当にいいものですね。

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2015年9月28日 (月)

福島・東京の旅②

翌19日は、福島への墓参りの日です。

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大宮9:42発の郡山行きに乗ります。

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まず、新白河へ行き、そこから車を借りていざ本宮へ。

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その前に、ラーメンが有名な白河で白河ラーメンを、ということになり、これまた有名な「とら食堂」に行きますが1時間待ちと言われ、「要屋」さんへ。チャーシューワンタンを頼んだところ、ごらんのとおりのすっごいボリューム。

「大切な食べ物を残すことはなりませぬ」という母のありがたい教えを忠実に守り、どうにか完食した私。これがのちのち大変なことになるとはつゆ知らず・・・。

お墓参りを済ませて本日の宿泊場所、会津の芦ノ牧温泉「新湯」さんへ向かいます。

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ホテル街からは少し離れた静かな環境にあるお宿。

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お風呂のあと、お待ちかねの夕食。しかーし!私は昼のラーメンが影響し、ほとんど食べられません。馬刺も残し、お鍋は全く手をつけられず。お昼の「母の教え」はどこへやら。大半の料理を手つかずのまま、すごすごと部屋へ戻るヘタレな私なのでした。

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そして朝ご飯。夜中に目が覚めたとき「どうしよう、お腹空いてない・・・」と思ったものの、どうにか食べるができまずは一安心といったところです。

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宿を出てから、まずは猫が働く駅、ばす駅長のいる芦ノ牧温泉駅へ。去年会ったときは「もう会うこともないのかも・・・」と思い悲しくなったのですが、今年も無事に会うことができました。でも、ばす駅長、高齢でしかも目もほとんど見えないとのこと、写真・ビデオの撮影、さらに触ることも禁止されているため、もちろん何もありません。

ばす駅長に別れを告げ一路、ずっと前から行きたかった大内宿を目指します。芦ノ牧温泉から大内までは会津鉄道沿いに南下し、湯野上温泉駅付近から行くのが一般的でわかりやすいそうですが、ここは行楽シーズンは大変混雑するとのこと。それよりもちょっと遠回りになりますが、少し北上して、大内こぶしラインを通るとスムーズとの情報を得てそのルートを通ると、まったく混雑もなく、スムーズに到着することができました。

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駐車場も比較的空いていたので空いているのかと思いきや、この混雑。シルバーウィークまっただ中なのですから、これくらい混んでいないと困ります。

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ここで、ねぎでそばを食べるねぎそばを食する予定でしたが、あいにくまだ空腹の状態にならず、残念ながらお餅だけを食べることにします。このお餅がつきたててとてもやわらかくとにかくおいしい。

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食後、白河までの遠い道のりがあるため、少し早めに駅に向けて出発することに。

帰り道、湯野上温泉駅方面へ向かうと、ものすごい渋滞。駐車場に車を止めるまで1時間以上はかかるだろうと思われるような大大渋滞を横目に、観光を終えた私たちは下郷経由で新白河駅を目指しました。



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2015年7月19日 (日)

わが街の落語会

昨日は、北山亭メンソーレさんの「わが街の落語会」に行ってきました。

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この日は、ほぼ満席の大盛況。

一席目は、「新聞記事」。

新聞を読んでいない男に、別の男が「ゆうべ天ぷら屋のたーけーが殺された事件を知らないな?」と驚かせ、「でも犯人は5分としないうちに捕まった。天ぷら屋だけに“あげられた”ってな」と冗談であることをあかす。これは面白い冗談だと、新聞を読んでいない男は、いろんな人をだましに行くが、冗談であることを見抜かれたあげく、「この話には続きがあることを知っているか?」と、新たにだまされるというお噺。このお噺は古典落語だそうですが、場面を沖縄に設定したために新作のような斬新さがありました。

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二席目は「ちりとてちん(酢豆腐)」。

ある家の主が、予定していた会合が中止になってしまったものの頼んでいた食事が届けられてしまいどうするべきか困っていたので、知り合いを呼んでごちそうすることにした。「豆腐もあっただろう、持って来なさい」と持って来させるものの数日間常温で置いていたためにすでに食べられないシロモノに。しかしこのまま捨てるのももったいないと、これに細工をして近所の知ったかぶりで嫌みな男を招き、「台湾みやげでもらった“ちりとてちん”という食べ物なんだが食べ方もよくわからないし口に合わないので食べてくれ」と勧める。男は、「ああ、ちりとてちんね。よく知ってますよ。台湾に行っていたときはこれで一杯やっていた」と知ったかぶりをはじめ、主にのせられてとうとう口に・・・。という噺。

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次回のわが街は8月19日。平日なので私は無理かな~。

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