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2017年7月24日 (月)

コンサート紀行⑫~海勢頭豊(2017.07.23)

昨日(7月23日)は、「海勢頭豊(うみせどゆたか)まふっくゎコンサート」に行ってきました(「まふっくゎ」とは、「真昼の」という意味だそうです)。

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私は、このブログでは政治的な主張はしないと宣言していますが、海勢頭豊さんは反戦平和を一貫して訴えてきた、その世界では神的な存在の方で、この人のコンサートに行ったということだけで、ばりばり政治的な主張をしているも同然なのです。

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コンサートが開かれた場所は、泡瀬干潟を望む「ウミエラ館」。

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この日はとてもいい天気で、ちょうど引き潮の時間帯でもあったため、干潟観察に多くの方が訪れていました。

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こちらに、私的にお付き合いのある三井さんの帆船の模型が展示されていました。三井さんは、帆船模型作りの第一人者。

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さりげなく、戦後の抵抗運動の象徴であった瀬長亀次郎さんが立っていらっしゃいます。いつもはお茶目な三井さんですが、今日はスタッフとして大忙しです。

コンサートは、名曲中の名曲である「月桃」でスタートします。「月桃」は、先の戦争で亡くなった人への追悼の代名詞となっている曲です。

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↑ 逆光で、何がなんだかまったくわからない写真になってしまいました。

豊さんだけでなく、バイオリン担当で次女の海勢頭愛さん、ボーカルのみちささんのトリオ編成です。愛さんの艶々したバイオリン、みちささんの透き通った伸びやかな歌声、そして、ベテラン豊さんの若い頃と変わらない一本筋の通った朴訥とした歌声。アコースティックギターにバイオリンが加わると、まるでブルーグラスのような雰囲気になり、またまた新しい魅力発見。カントリーウエスタンなども好きな私にとって、ものすごく居心地のいいコンサートです。また、みちささんのことは存知あげなかったのですが、私が大好きな神谷千尋さんやしゃかりのチアキさんのような、ポップス系の曲から民謡まで歌いこなせる実力と、伸びやかなハイトーンに魅了されました。
豊さんの「ジュゴンの話」が長すぎて(笑)、開始から45分過ぎて演奏された曲はわずか3曲という、まるでプログレのコンサート並の展開。プログレなんざ、20分を超える曲があったりしますからね。

途中、休憩を挟み(休憩中も飛び入りで、「国頭(くんじゃん)サバクイ」の歌と踊りを披露してくださった方あり)2時間のコンサートは終わりを告げたのですが、アンコールとして、もう一度、「月桃」を披露してくださいました。この曲の「六月二十三日待たず 月桃の花は散りました」という歌詞について「組織的戦闘が終結したとされる6月23日の前日6月22日に亡くなった方々が、あと一日、せめて一日だけ生き延びることができたなら、「平和の礎」に名前を刻まれることもなく、人生を全うできたのではないか」そんな想いが頭を巡り、涙があふれました。

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コンサート終了後、購入したCDにサインを入れていただきました。豊さんが、みちささんの脇に大きな字でサインをしてしまったため、みちささんが「私どこに書こう?」と困っていたのが印象的でした(笑)。

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こうしたところに行くと、沖縄の人ってどうしてこんなに過酷な歴史を背負わされて、今なお過重な負担を強いられてもこれほど前向きに人生を歩むことができるのか、とても不思議に思います。それは、先に公開された映画「カタブイ」にも描かれていた、沖縄の人が持って生まれた死生観などが大きく影響しているのかも知れません。

以前、イタリアに住む知人から「今イタリアはものすごい不況でね」という話を聞きましたが、街で見かけるイタリア人にそんなそぶりはまったくない。あくまでも私見ですが、彼らには「食べて(MANGIARE)、愛して(AMORE)、歌って(CANTARE)いれば人生は最高さ!」という前向きな考えがあるようで、困難な状況にも前へ歩むことを忘れない沖縄の人とも大きな共通点があると思います。獣医学部がどうの、隠蔽がどうの、というお粗末な茶番劇に辟易としている私たちは、こうした前向きな生き方をもっと見習うべきか知れませんね。

七十半ばだと言う海勢頭豊さんですが、ますますお元気で私たちを引っ張っていただけたらと思います。

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