« 島原湧水の旅~その2 | トップページ | 島原湧水の旅~その4・キャッツイン島原 »

2008年10月15日 (水)

島原湧水の旅~その3

 別れのあさ~(←下条アトム風)。9時にHさんと待ち合わせ。
Epsn0148_2

朝から天気がよく、昨日まで雲で見えなかった雲仙普賢岳や平成新山が見えるとのことで、まずはよく見えるポイントへ行きます。
P1010171
1991年6月、死者43名を出す大惨事となった普賢岳の火砕流。もう17年も前のことになるのですね。
Epsn0150_2

ここは、当時の火砕流で被災した小学校跡です。幸い、全員が避難していて人的被害はなかったそうです。
Epsn0152_3

その校舎の向こうに平成新山がきれいに見えています。
Epsn0151_2

火砕流で被害を受けながら、見事に蘇った木です。生命力の強さを見せつけられます。この木をずっと後世に残してほしいものです。
Epsn0153_2

その後、市街に戻り、水頭の湧水に行きます。
Epsn0156_2

湧水がジャバジャバと湧き出るその奥に掘り抜き井戸があり、県内の湧水を渡り歩いたとぅじさんも、沖縄ではこのような湧水は見たことがないと言っているほど、珍しい形です。
P1010169
ここは、足下にある亀さんの像に年齢の数だけ水をかけると長生きできるという言い伝えがあり、私も45回!かけてきました。意外と大変な作業でした。
P1010174
そして、12時35分の船にあわせて、若干早めの昼食にします。昨日のちゃんぽんに続き、皿うどんです。長崎の王道です。私たちが観光客を沖縄そばの店や沖縄家庭料理のお店に案内するのと同じです。小さな個人経営の中華料理店でしたが、こういうお店がまたおいしかったりするのです。ここで、皿うどんには細麺と太麺(ちゃんぽん麺?)があるということ、ソースをかけても食べるが、青じそのサラダドレッシングをかけてもおいしい、ということを知りました。

そして、港へ。刻一刻と迫る別れの時間。12時35分、島原港を三池港に向けて時間通りに出航します。一気に遠ざかり小さくなったHさんの姿は、やがて涙でかすんで見えなくなったのでした。

船旅の別れのつらさを計算に入れていませんでした。命あるもの、一瞬先の命すらなんの保証もありません。昨年くも膜下出血で死にかけた私。次回の再会が訪れることを切に願うものです。
Epsn0159
福岡からの帰りの機内から、きれいな夕日が見えました。

~まだ続く~。



|

« 島原湧水の旅~その2 | トップページ | 島原湧水の旅~その4・キャッツイン島原 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 島原湧水の旅~その2 | トップページ | 島原湧水の旅~その4・キャッツイン島原 »